パンの耳がすき

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【書評】雨の日に読みたくなる本 中村文則『何もかも憂鬱な夜に』

何かを破壊したい、と思ったことはないだろうか。
誰にでも、ある時期には、どうしようもない破壊衝動のようなものが沸き起こってはこないだろうか。こんなことを、こんな混沌を、感じない人がいるのだろうか。
 
施設育ちの刑務官である「僕」は、夫婦を刺殺した二十歳の未決囚、山井を担当することになる。彼は、一週間後に迫る控訴期限が切れれば死刑が確定する。主人公である「僕」は山井の中に自分と似た混沌としたものを見つけながら、自殺した友人を助けられなかったことへの無力感、大切な恩師との過去のやりとり、死刑制度に対する葛藤、そして生と死と、真正面から向き合っていく。
 
本作では、思春期特有の、ドロドロとした感情が鮮明に描かれる。何もかもどうでもよくて、この世から消えてしまいたい。いっそ駄目になってしまいたい。何か別のものになりたい。解放されたい。けれど本当はどこかに救いを求めている。助けてくれる大人を探している。
 
物語の中で特徴的なのが、雨が多く降っていることだ。
著者は、水というものを、文体に溶け込ませるように書いたそうだ。
水は命を連想させる。透明で、掴みどころがない。
 
誰にでもある、水のような青年時代。それは決して綺麗なばかりではない。けれど絶えず形を変え、二度と同じ瞬間は戻らないそれに、とても尊いものを感じる。できるだけ透明な水でありたいと思う。

 

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

  • 作者:中村 文則
  • 発売日: 2012/02/17
  • メディア: 文庫